2017年11月23日

朝鮮通信使・・・ユネスコ世界記憶遺産 その1


11月1日の新聞で、真っ先に目に飛び込んできた
朝鮮通信使の「碑」がユネスコの世界記憶遺産と
して登録されたとのこと、驚きと嬉しさで舞い上
がりそうでした。
これもご縁なのか、5,6年前でしたか京都北区は紫
竹にある「高麗美術館」で、朝鮮通信使に関わる展IMG_2787.JPG
覧会を見たのです。
その時初めて見知った鎖国令下の大型使節団の来訪
も不思議なら、数百人にも及ぶ大行列をどんな驚き
で、江戸時代の人々は眺めただろうと、我が身を江
戸に置き換えてワクワクしたものです。
通信使は、朝鮮王朝の特使として徳川家の日光の東
照宮に向かって、対馬から海路、陸路を延々と旅を
重ねること12回。その回数はともかく信書を運ぶ官
吏から学者、医者、画家、詩人、芸人、運搬人もい
る。その数500人にも及ぶと言います。
東海道を通過しての道のりは、もちろん藤沢も、保
土ヶ谷、品川もある。手厚い接待もされていたとも
聞きます。篤志家ばかりではなく、宿を提供したの
は神社仏閣なのか、、、三歳児並みの興味がつきま
せん。
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高麗美術館では、大切な資料はもとより日本各地の
泥人形なども展示されていました。伝え聞いた異人
の風俗が混じり合ってそれが定番になっているのも
面白い。三重県津の唐人祭りも、起源は朝鮮通信使
を見た人の伝聞からと、津在住の作家にお聞きした
ことがあります。
歴史家の上田正昭の書にも詳しいのですが、今はこ
の本が手元にありました。 仲尾 宏著「朝鮮通信
使を読み直す」 明石書房 
通信使の行列写真は、前掲の書の裏表紙です。
posted by Tanaka at 13:50| 日記